【映画】『レディ・プレイヤー1』感想・考察-ゲーマーを”””刺し”””に来た

【映画】『レディ・プレイヤー1』感想・考察-ゲーマーを”””刺し”””に来た

『レディ・プレイヤー1』を鑑賞してきました。このブログはゲームブログですが、書きたいことがこんもり出来たので、せっかくなので書きます。

ネタバレ無し感想→「観て!!!!!!!」

以上です。以下ネタバレ有り!

「ゲーマー」の再現を徹底した構成

『レディ・プレイヤー1』を観るにあたって、前情報は殆ど仕入れずに4DXだけ楽しみにして行きました。単純にVRを題材にしたアトラクション感覚で。『ピクセル』みたいな感じを想像していたのですが、鑑賞後、色々考えさせられることが多かったので、あまり高尚な考察は出来ませんが忘れないうちに書いておきます。

PVの作りからしてVRゲームはあくまで舞台装置という前提で見に行ったのですが、良い意味で裏切られました。この映画、「リアリティが有る」「実際こうなりそう」という感想が多いですよね。それはVR世界「OASIS」や登場するVRガジェットから感じ取れる部分も有ります。有るのですが、個人的には周りを固める登場人物の思考回路とその帰結が、リアリティという部分では最も寄与している、という印象を受けました。

「現状から想像し得る近未来のゲームオタク」が「OASIS」という舞台に放り込まれると、どういう思考を経てどのように行動しそうか、という部分が、本当に丁寧に描かれているんですよね。

例えば最序盤、レースゲームでアルテミスと知り合った主人公・パーシヴァルが、問答を通じて相手の趣味嗜好を確認するシーン。

「こいつはこちら側の人間か?」と探りを入れるような質問が続くわけですが、途中で我慢できずベラベラと一方的に喋り始める主人公の姿なんかいかにもじゃないですか。太古の昔、『メイプルストーリー』というネトゲ(今もありますが)で趣味が合う女の子に出会ったときのことを思い出しました。その女の子とは暫くギルドで一緒に遊んだ結果最終的にオッサンだったので、人生で初めてネカマという概念に触れ、幼き私は恐怖に打ち震えました。サマンサはいません(絶望)。パーシヴァルことウェイドくんはその後アルテミスガチ恋勢となってクラブでイキってブチ切れられるわけですが、そこも非常に背中が痒くなりましたね。ネトゲガチ恋経験勢の方々があのシーンでフラッシュバックを起こし泡を吹いて絶息したことは想像に難くありません。

例えば最終決戦、主人公の仲間・ダイトウが、メカゴジラにガンダムで闘いを挑むシーン。

観終わって帰るときに「『アムロ、いきまーす!』って言ってほしかったよね」という声が聞こえたんですが、そうじゃなくてあれは「『俺は』ガンダムで行く」と言うのが”””良い”””んですよ。自分の理想の分身たるアバターに、ガンダムを纏わせて戦わせるわけです。あの局面で、黙して語らず精神を昂ぶらせ、満を持して開眼した末に「オッ!ここでアムロのモノマネして突っ込んでったらウケるぞ!草生えるwwwwww」とかいうやつがいたらただのアホじゃないですか。すぐ死にそう。「みんなアムロのマネしてほしかったのか?」と若干不安になりましたが、観終わった後ネットでレビューを漁ったら似たような持論を展開している人がちょいちょい居て勝手に安心しました。

とにかく、他の人はどうか知りませんが、ある程度ゲームが好きな自分のような人間に、「OASISに放り込まれたらこんな風にするヤツ居そうだ」と思わせる心理描写の巧みさがこのリアリティを生んでいるのだと、私はそう思います。「ゲーマーがそこにいる」という実感がありました。

「私のゲームで遊んでくれてありがとう」

映画の中盤、OASISの創始者・ハリデーが「OASISはゲームの域を超えてしまった、ゲームとして作っていた頃が一番楽しかった」というようなことを言います。そこは正直「ふーん」という感じなのですが、通して観るとハリデーの意思は終始一貫していて、「自分が自由に創った世界で皆に遊んでもらいたい」なんですよね。「これは俺の創った世界なんだぞ、凄いだろ。面白いだろ。」というようなことを言いたかったわけです。

第3の試練のキーにATARIの『Adventure』が取り上げられた理由は「史上初のイースターエッグだったから」ということだけではありません。そこにハリデーの一番の思いが込められています。

『Adventure』はゲーム史上初めてイースターエッグが搭載されたと言われるゲームです(実際はもっと古い物があるらしいですが)。

ATARI 2600『Adventure』(1980)
ATARI 2600『Adventure』(1980)

劇中でも少し説明がありましたが、このゲームの製作者のワーレン・ロビネット氏は元々ATARI社のゲームデザイナーでした。

『Adventure』を製作したとき、ロビネット氏は「このゲームの作者として、自分の名前をゲームに登場させたい」と上層部に訴えたそうです。ですが、ゲームは当時映画のような創作物ではなく単なるプログラム製品と見做されていたため、ロビネット氏の訴えが認められることはありませんでした(企業が製作する一般的なシステムソフトウェアにプログラマーの名前がクレジットされないように)。それを不服に思ったロビネット氏はゲームの中にこっそり自分を登場させます。「Created by Warren Robinett」、このゲームは俺が創った作品、創作物なんだ!!!と。

ハリデーは、OASISの行く末に微かな引掛りを持っていました。こんなはずじゃなかった、もっとやりたいことがあった。シンプルに自分が創ったゲームで遊んでほしかっただけのハリデーが、死の縁でOASISと全財産をエサにして企画した最後のゲーム、それが「アノラック・ゲーム」。

だからこそ、第3の試練のキーはATARIの『Adventure』でなくてはいけなかったし、最後のセリフは「この世界を任せたよ」でも「素晴らしいプレイだった」でもなく、「私のゲームで遊んでくれてありがとう」なんです。

余談ですが、『Adventure』のあとロビネット氏は、他数名のゲームデザイナーとともに独立します。この時設立されたのがかの有名なACTIVISION社!ACTIVISIONはヒット作を連発し、彼らはそこで存分に自分たちの顔や名前をバンバン出しました。自己顕示欲は大いに満足されたことでしょう。その結果、今ではゲームクリエイターが表に出てアピールするのは「普通のこと」になりましたね。

ロビネット氏にまつわるイースターエッグの話は、英語ですが以下の動画が面白いです。↓

他にも考えていたことが有ったはずなのですが忘れました。一番書きたかったことは書けましたし文字数もちょうどいいのでここまでにしておきます。

版権キャラもジャブジャブ出して、リッチな映像、ド派手な演出。それだけじゃない、こうやってウダウダと偉そうに語る余地がある懐の深さ。

監督名も知らずに観たので、最後スタッフロールでぶったまげました。「おじいちゃん!!」って。私は映画に関しては月に1度見るぐらいのにわか坊っちゃんなので、スティーブン・スピルバーグと言われても正直「監督界のすごいおじさん」ぐらいのイメージでしたが、マジで「監督界の本当にすごいおじさん」なんだなというのが腑に落ちました。何十年監督やり続けている人の作品とは思えないですよ。感性が若すぎる。

並の予算じゃ出来ないかもしれませんが、楽しかったのでまた似たようなことをやってほしいですね。